更新記録
Updating History


●2002年4月12日
「よーし、これからはせっせとHP行進にハゲむぞ!」と決意したもののなかなか作業はハカドラナイのでありました。

さて、今回は "3・Reading the VetteNet" に24) インパラでスティーブ・マックィーンと公道レースをした男というのを追加しました。

60歳近くの現在もC4コルベットに乗るポール・ルブランさんというおじさんの若かりし多感な頃、公道で映画俳優のスティーブ・マックイーンとレース?をした時の思いで話です。私は非常に面白い話だと思いました。

(近況報告)
先日、ついにシンプソンの5点式フルハーネスを我がゴージャスジョージ号に装着いたしました!カッチョエエです。そして何よりも安全であります。ただ一つ大問題があります。それは「高速道路入口でベルトをしたままチケットを取ることがほぼ100%不可能になった」という事です。C3コルベットは御存知の通りコークボトルシェイプで運転席が引っ込んでいるので3点式シートベルトでも高速チケットを取るのに苦労していましたが、5点式シートベルトにしたら絶対無理、という感じになりました。最初は両肩のベルトを緩めればいいだろうと思っていたのですが(一発で緩められるようになってはいる)それでは全然足りません。しようがないのでカムロックを外すとベルトは全部バラバラになってしまいます。
で、チケットを取った後、走りながら片手で手元を見ずにベルトを再度カムロックにカチン、カチンと装着するのは引田天功でも無理なのではないかと思いました。
来週あたり、ロールバー、レカロ・シート、シンプソンのフルハーネスの写真をパチパチ取って当HPに自慢げにさりげなくアップしたいものだと考えています。


●2002年3月28日
皆様、お久しぶりでございます。HTMLの使い方を忘れるくらい長いこと更新をサボっておりました。日付けを見ると何と、半年以上もサボっていた計算になります。
皆様方におかれましては「ゴ本多の野郎、ここんとこ一向に更新しないがついに死んだな?」とか「あの野郎、金に困ってついにコルベット売りやがったな?」とか色々と不審に思われたことでしょうが、簡単に言いますと忙しかったのであります。色々とネタはためこんでいるのですがなかなかHP更新には至りませんでした。毎年私の仕事は桜の花の咲く頃からヒマになってきてやることがないのでHP更新に励む、というパターンになっております。今年も秋までせっせとHP更新にハゲみたいと思っております。どうかよろしくお願い申し上げます。

さて、今回は "7・Notes from Dave's Garage" に2: C3コルベットのリアアームリビルドについてというのを追加しました。 もとはアレン(Allen Woolley氏、リンクページにHPへのリンクあり)さんがデービッド・ハーリンガーさんの技術紹介のために造ったページです。デービッドさん、アレンさんともに日本語訳、写真の使用を快諾していただきましたので和訳しました。写真も豊富でなかなか参考になるページと思いますので皆さん、ぜひとも御覧下さい。これからも少しずつこのページを充実させていきたいと考えております。
尚、リンクページに素晴らしい白の81に乗る「てつやさん」のページを追加させていただきました。

(近況報告)
昨年の8月にATの載せ変えとブレーキの交換を行って以来、晩秋までは非常に充実したコルベットライフを送ることが出来ました。10月までに4,000キロほど走行いたしました。特に知人のポルシェ968SCというバカヤロー車と一緒に走ったのが一番楽しかったです。昨年の8月から現在までの経過をざっと思い出しますと、

・2001年8月
  →ATを4速の700R4に交換
   ※ヒジョーに快調で大満足

  →ブレーキをWinnerPowerの8ピストンに交換
   ※ヒジョーに強力で大満足

  →嬉しくなって月に3回ほど1日に700キロくらい走った

・2001年8月〜10月
  →知人のうんこポルシェとの死闘
   ※というのは大ゲサだが加速、最高速でゴージャス号の勝ち
   ※ただし下りのワインディングで屈辱の大敗北。号泣。もうグレてやろうかと思った

・2001年11月〜2002年2月
  →忙しくて何も出来ず。車は冬眠。

・2002年3月
  →打倒うんこポルシェのために4点式ロールバーを装着
   ※これが驚く程の効果を発揮、現在感激中

という様な流れになってます。これらの詳細についてはおいおい当HP上でご紹介したいと思っております。



●2001年8月4日
今回は "4・Reading Books and Articles" に25) スポーツカー・レース界のニューカマー、1956年コルベットというのを追加しました。
1956年3月、セブリングで成功を収めたコルベットは返す刀でSCCAなどのスポーツカー・レーシングの世界にその身を投じることとなりました。その主役はディック・トンプソン。全世界のコルベット・ファンの尊敬を集めるアンちゃん(当時)です。是非お読み下さい。
近況報告。我がゴージャスジョージ号に乗るための最後のラスト・ワン・マイル、ブレーキホースがまだ日本に届きません。だから全然コルベットに乗っていません。ヒマな為、前回の更新から僅か一週間でもう更新です。私は自分の人生はHPの更新をしているよりはコルベットを乗り回している方が充実したものになると考えているのですが、乗れないものは仕方ありません。ちなみに私はコルベットに余りに長く乗れないと「夢を見る」癖があります。過去、エンジンをZZ4に換装した時、運悪く「脱腸」になってしまい入院手術、早くコルベットに乗りたいのに病院のベッドの上で身動きも出来ず、無駄に一週間を過ごさなくてはなりませんでした。看護婦さんにエッチな冗談言ってちょっかいを出しても気分は晴れません。フラストレーションがたまったせいか、その時は「ZZ4に換装したコルベットに乗っている夢」を見ました。夢の中でひとあし先にコルベットに乗った私は「うーん、低速では余りノーマルよりパワーがあるという感じではないなあ」などと呟いていたのでした。で、先日、ついにブレーキの夢を見ました。初試乗して「うーん、低速では別に効きが抜群という訳ではないなあ」と夢の中で呟く私でした。で、ショップに帰って来て、メカのTさんと会話をしました。

「ねえTさん、ブレーキの効きってやっぱり低速ではわかんないね」
「それよりオートマの調子はどうなのよ、ちゃんとシフトアップした?キックダウンした?」
「そういや忘れてた、何も感じなかった。前には走ってたけど」
「ダメだよ、新品オートマはちゃんと慣らししないと。何してんのさ」
「しまったなー、オートマにも慣らしが必要なのか。ああオートマ、もうダメになっちゃったかなあ?弱った弱った」

以上がその夢の中での会話です。正夢とならない事を祈るのみです。



●2001年7月28日
今回は "4・Reading Books and Articles" に24) 1956年3月24日、セブリングにおけるコルベットというのを追加しました。
1956年の2月、デイトナ・ビーチにおけるスピード・トライアルの余勢をかって何とシボレーは同年3月24日に開催されるセブリング12時間にコルベットでエントリーする、と決定しました。この決定は殆どエド・コールの独走によるものの様ですがまず無謀と言っていい決定でした。何と言っても時間がありません。果たして準備は間に合うのか?ここらの話についてレーサー、ジョン・フィッチ自身が語っている部分を訳してみました。この話はコルベット・ファンならば涙なくしては読めないものと思います(ちょっとオーバー)。
近況報告。ブレーキがまだ完成しておりません。特注ホースを取付けてみたところ取り回しに難がある事が判りました。具体的にはステアリングを切った状態でサスが沈み込むとバンプラバーにキツ目に当たる、という感じです。キャリパーからフィッティングの立ち上がる角度も周辺部品との距離を考えると少し問題含み。多分大丈夫とは思うが何と言っても命にかかわる部分ですのでこれの使用は中止。現在もう少し長くてフィッティング立ち上がり角度の浅いホースを製作中です。
もうこれで2ヶ月近く我がゴージャスジョージ号を動かしておりません。もうヒマでヒマで、お陰で1ヶ月に2回もホームページが更新出来ました。また、私はコルベットに乗れなくて退屈するとおかしな買物をする癖があって大抵の場合は後悔するのですが、今回はそんな中で大ヒットの買物がありました。それは1949年〜1961年あたりの「ハウ・ツー・ホットロッド」みたいな古本を何冊か買ったことです。どれも40〜50年前の本とは思えない保存状態です。書いてある内容も驚く程高度です。「50年前のホットロッド馬鹿たちはこんな本を読んで必死にモディファイしとったんだろうな」と感慨深いものがありました。一生大切に保存するつもりです。



●2001年7月16日
今回は "4・Reading Books and Articles" に23) 1956年、デイトナビーチにおけるコルベットというのを追加しました。
1953年の発売以来、大したセールスも記録できずに「もうこんな車、造るのやめようか」と上層部も考え始めて車種の存続そのものが問われていたコルベット。「パワー不足」の汚名を晴らすべく1955年にようやくV8を搭載したものの、世間の反応は今ひとつ鈍い。そこでゾラ・アーカス・ダントフは、大幅に変更を受けた1956年式コルベットがいかに速い車であるかを自らステアリングを握ってデイトナ・ビーチを駆け抜けることによって証明したのだった、というお話です。コルベットの浮沈をかけて開発者自らが肚を決めて火の玉となってデイトナを走るこの話はセブリング12時間と合わせて初期コルベット・ヒストリーの白眉と言えましょう。皆さん、是非お読み下さい。
近況報告。前回の更新の時に「密かに計画していた社外品ブレーキが届いた」という事を秘密めかして書いたところやはり「エラそーに勿体ぶってんじゃねー!早く教えろ!」というお叱りのメールをいただきました。でもまだミッションもブレーキも取付け完了していなくて走り出してもいないので(多分来週くらいには初試走と思われます)、今回は途中経過の写真だけで御勘弁下さい。
勿論これは断じて自慢ではありません。ただ皆様の「早く教えろ」という御要望を真摯に受け止めた結果仕方なくアップした写真にしか過ぎないのですが上は700R4、新しいミッションがまぶしいでしょ?微妙なカーブを描く専用ミッションメンバーが美しいでしょ?赤いエナジーのマウントも美しいでしょ?ここで確認しておきますが私は決して自慢している訳ではありませんからね。
で、下の写真が別に自慢では無いんですが例の「社外品ブレーキ」です。いや大したことないんですよ、実際。社外品ブレーキったって単に総アルミNC削り出しキャリパーにピストンがたったの8個ついただけなんです。キャリパー単体の重量も実際に測ってみましたがノーマルの5.3kgに対して今回の社外品はたったの3.2kgと、わずか2.1kgも軽いだけなんです。ローターだってただのフル・フローティングだっていうだけですしハットだって特注でアルミから削り出してアルマイト処理しただけのもので重量だってノーマルの6.1kgに対して5.1kgとわずか1kg軽いだけなんです。つまり片輪あたりのバネ下重量はたった3.1kg軽減されただけなんです。ね、普通でしょ?こんなの。


これ以上ウダウダ書くと今度皆さんにお会いした時にタコ殴りにされる恐れがあるのでもうこれくらいにしときます。実際に走り出して色々と問題点をツブしてまともになってからあらためて当HP上でご報告したいと思います。
尚、上の写真及び文章は決して自慢ではなく単なる事実の羅列に過ぎないことをここに申し添えておきます。もし自慢げに読めてしまったとしたらそれはひとえに私の文章力の不足に起因するもので私の本意とは遠く離れたものではありますがその責は全て私自身にあります。白々し過ぎるでしょうか。


●2001年6月29日
今回は "4・Reading Books and Articles" に22) 青年、およびオジサンは荒野をめざすというのを追加しました。
1900年代初頭に始まった、ドライレイクやボンネビルを車でブッ飛ばす、という単純な行為がライフスタイルになってしまった人たちがアメリカには少なからず存在します。一度確立してしまったライフスタイルというのはなかなか変わらないものですから「今日は200マイル出おったわ」とか「今日はいかなんだ」とかいう事を飽きずに延々と続けている内に気がついたら60歳や70歳になっていたりする訳ですね。今回訳したのはそんなライフスタイルでもってコルベットを走らせていた人々の話です。アメリカの自動車文化の懐の深さというのはこういうところにも現れていると思います。
近況報告。700R4への載せ変えは着々と進行中。現在ペラシャのカット&バランス取りに出しているところ。また、マニュアルに「最初の1000マイルはインラインフィルターの取付けを強くお勧めする」と書いてあったり「ミッションオイルクーラーを取り付けるのはグッドアイデアである」と書いてあったりしたので「そんじゃあその二つちょうだい」と追加注文したところです。来週にパーツが来れば再来週には試乗が出来るのでは無いかと思います。更に報告!密かに計画していた社外品ブレーキが日本に届きました!余りの美しさに溜め息が出ました。アメリカ製ではありません。一応特注キットなのですが、無事取付けが終るまでにはまだ何が起こるか判ったものではありません。これに関しては後日、取付けが無事終了してからご報告したいと思います。

●2001年6月16日
リンクページに 俺様 さんの '82コルベットのHP、 I'm not Leo へのリンクを追加させていただきました。
近況報告。空港止めで来たボウタイオーバードライブ製700R4がついにジャンクさんに届きました。まるで棺桶のようなゴツイ箱に入っていました。まだ箱を開けただけなので700R4に関しては「綺麗だなあ」くらいの事しかわかりません。いい品物である事を祈るのみです。今回、一緒に「ボウタイオーバードライブ特製ミッションメンバー」というのも注文したのですが、こいつが想像していたようなオリジナルの亜流みたいなものではなく、ホットロッドみたいな丸ビームのメンバーである事がわかりました。ノーマルとどっちが丈夫なのかは良く判りませんが、エキパイを通すためにグニグニ曲がっていて(ちょうどアイアンのフレームで穴が開いているあたり)どうやらデュアルエキゾースト派には有難いもののようです。実際に装着してみるまでは結論は保留ですが(アメリカ製品なんてつけてみるまではまだ何が起こるかわからない)。今は一緒に買った「TV MADE EZ」という怪しげなTVケーブルブラケットのマニュアルを訳しているところです。こいつはスロットルバルブプレッシャーの適正な位置を簡単に出しつつ、キャブ側TVケーブルスタッドの取付け位置を可変(回転半径が変わる)にする事によってドカンとキックダウンさせたりそうじゃなかったりさせる不可思議な装置。結局キックダウンする時のスロットルバルブが開くスレッショルドポイントは変わらないのだがキャブ側のリンケージの回転半径を随意にいじる事によって同じアクセルペダルの踏込み量でもTVケーブルの引っ張り量は多くなったり少なくなったりする。これによってキックダウンのセッティングがアグレッシブになったりモデレートになったりする模様。これもアメリカ製品なんで実際に装着してみるまで結論は保留です。

●2001年6月13日
昨日更新しました "4・Reading Books and Articles" に 21) ホットロダーたちの青春 -年代別に- において一部訳文が落ちていて話がつながらないところがあったので慌てて追加しました。いつも居眠りしながらHP造りをしているのでこういう事になったと思います。

●2001年6月12日
何と!前回の更新から2日しか経過していないのにもう更新出来ました。新記録か?今回は "4・Reading Books and Articles" に 21) ホットロダーたちの青春 -年代別に- というのを追加しました。個人的にはこうした車バカの話は大好きです。初期のホットロダーたちの生態が実に興味深いです。最近コルベットに縁遠い車の話が多かったので次回は「ボンネビルのコルベット」というテーマで訳してみたいと思っています。コルベットというのはボンネビルで結構異常なスピードを出してますね。6月中にはアップデートしたいと考えています。

近況報告。700R4がついに日本にやって参りました!ボウタイ・オーバードライブのスティーブおじさんは約束を守る男でした。ただ、「UPSで送ってね」と言ったのに何故か空港止めで来た。多分運送費の事を考えて気を利かせたつもりでしょうが、昼間は仕事があるから取りに行けんじゃないか!以前ZZ4を空港止めで送ってもらった時は仕事を休んで通関手続きをしなくてはならず、結構大変だったのです。ショップの人に取りに行ってもらうしかないような感じです。後日この700R4の話も当HPにて御紹介したいと思います。今度はおかしなナラシ方法を書いた紙が添付されてない事を祈っています。「新品のミッションを搭載したら最初の5マイルはまずNレンジに入れて自転車で引っ張ってもらうこと。次の5マイルはRレンジに入れてバックで走ること。さらに次の5マイルはミッションに適度な負荷をかけるという意味で乳母車を牽引しながら走ること。これでナラシは完了である」なんて書いてあったら嫌だなあと警戒しております。
尚、リンクページに KID さんの「3rd F-body保存会」HPへのリンクを追加させていただきました。

●2001年6月10日
先日デフを交換した顛末を

 → 6・修理とモディファイ--7) 奇妙なデフの慣らし方法
 → 3・VetteNetのメールを読む--23) 正しいデフの慣らし方法

にまとめましたのでお読み下さい。ところ違えば品変わると云いますがデフの慣らしの方法まで洋の東西で変わるものだとは想像もしませんでした。

近況報告。ほぼ完全にTH350が死にました。以前から1速で音が出ていて「もうコヤツも長くはあるまい」と思っていたのですが去る6月3日、私がいつもお世話になっているショップ、ジャンクさん主催のサーキット走行会でついに本格的におかしくなりました。1速でエンジン回転数はガーッと上がるのですが大して前に進まないしシフトアップもしません。「何だ何だ?」とパカパカとアクセルをあおっていると何かの都合でシフトアップしたりするのですが特に法則性が無いようで、「これでは名古屋まで帰れんわい」と久々に積載車のお世話になって名古屋まで帰ったのでした。

でも "Bowtie Overdrive" のスティーブおじさんが「もうそろそろ700R4を送るから」と言っていたので比較的気持ちは楽です。スティーブおじさんが口先だけの男でない事を祈る毎日です。

ところでサーキット走行はとても勉強になりました。デフ交換時に以前から「このあたりがいいんじゃないか」と思っていた数値でアライメント調整を行ったのですが、その数値は間違っていなかったと確信しました。これについてはまた後日アップしたいと考えています。

●2001年5月30日
5月25日に更新して一週間も経過していないのに早くも更新する事が出来ました。
 今回は"3: Reading The VetteNet:22) ネットで拾ったジョーク集というのを訳してみました。と言っても実は昨年すでに訳していたものですが忙しくてバタバタしているうちに忘れていたのです。ハードディスクを整理していて「アッ!これ忘れてた、ラッキ−池田!」と思って早速アップした次第です。寒いですね。でもこの2〜3ヶ月は本当に気合いを入れて更新したいと思ってます(註:アッサリ撤回の可能性あり)。

近況報告。カリフォルニアの "Bowtie Overdrive" というショップに700R4及びリレイテッドパーツの注文をしました。もう楽しみで楽しみで。何と言っても700R4の1速は3.06ですからTH350の2.52だったかに比べたら発進加速は目覚ましく向上するに決まってます。「いっちょうブチかましたるかい!」と不敵にひとりつぶやく今日この頃だったのですが先週末、同じ名古屋のC3オーナー、Tさんとお近づきになりまして話し合う事しばし、車を観察し合う事しばし、私は打ちひしがれました。同じ81年ですがタイヤからホイール、足回りからエンジンから何から何まで全て負けました。まだいっしょに走ったことはありませんが多分相当速いC3ではないかと思います。地べたに寝っころがって足回りの観察時に偶然「リッチモンドの6速ミッション」が視界に入った時はショックの余りしばらく起き上がれませんでした。もうこのまま朝まで地べたに寝っころがっていようかと思った程のショックでした。700R4で喜んでいた自分がひどく卑小な存在に思えました。
 世間は広い、まだまだ自分のゴージャスジョージ号は甘い、やっぱエンジンはリンジェンフェルターの383で460馬力くらいないと世間様に顔向け出来ないのでは無いかと考え込んだ週末でした。Tさん、今後とも色々とご教示下さい。

●2001年5月25日
5月7日に更新して以来まだ一ヶ月もたたないのに更新などをいたしますと「ははあゴ本多の野郎、デング熱に罹患した挙句に頭がおかしくなったものと見える」と変な納得の仕方をされる方もおいでかも知れませんが何故か更新出来ました。ヒマといえばヒマな時期であります。

 さて、今回は"4 : Reading the Books and Articles"のページに「20)後にホットロダーと呼ばれた男たちの青春」というのを訳してみました。ホットロッドに興味のない方にはやや退屈かも知れませんがアメリカン・ホットロッドの源流に関してのウンチクが少しだけ身に付くかも知れませんのでどうぞご一読下さい。私個人的にはこたえられない面白さを感じました。また、内容的に前回更新の「19)「 本物のゴロツキの集団」/ホットロッドの50年」と内容が補完し合っている部分もありますので両方読まれるといいかも知れません。

 関係ありませんが近況報告。ついにATが壊れそうです。いや、正確には既に壊れています。先日、めでたくデフを3.08のやつに交換して慣らしも終了したので「ワーッハッハーッ!アーイムア・ナイトライダーッ!」と絶叫しながら東名高速をブッ飛ばしていたら程なくATから「ンガゴゴゴゴーッ!」という幸せを運ぶ音が聞こえるようになりました。試みにATのオイルパンを外してみますとそこには膨大な量の金属粉と何か得体の知れない円形の部品が4分の1程度にちぎれたらしい金属片とがころがっており、そしてフィルターには自らの正気を疑う程の量の金属片が付着しています。「これは一体何の部品であろうか?」とショップマニュアルをひもといて暫時オートマの内部構造の理解と探究に努めた私でしたがやがて意を決してパタンとマニュアルを閉じました。私にオートマの内部構造を理解しろというのは小学生にヒトゲノムの解読をしろと命令するようなものです。それに万一内部構造を理解してしまうと先程オイルパンにころがっていた得体の知れない部品が何であるか、そしてそれがいかに深刻な事態であるかも同時に理解してしまう恐れがあります。そうなると私は恐くて愛するコルベットに乗れなくなってしまうでしょう。難しい問題は先送り、これが日本人の智慧です。
それにしても20年間頑張ってくれたTH350には感謝あるのみです。特にエンジンがZZ4になってからは駆動系はイジメまくりましたので良く今までもったもんだと逆に感心します。頑丈としか言い様がありません。
取りあえず今はコルベットに乗っていてATから「ガガガガーッ」という音がしても「気のせいだ、気のせいなんだ」、「ンガガゴゴゴゴーッ!」という音がしても「大丈夫大丈夫。これは単に気のせい、気のせいなんだ」と自分に嘘をつく毎日を送っています。
現在アメリカの業者さんに強化型700R4について打診中です。まあまあいい感触なので来月あたりには載せ替えかなあと思いつつこのTH350が一体どういう息の絶え方をするものか興味を持って事態の成りゆきを見守る今日この頃であります。尚、今までの経験ではコルベットは5月末から6月の梅雨時に壊れることが多いので皆さんも注意して下さい(特にセルとオルタ)。デフ交換やらAT崩壊の話も近々更新対象としたいところです。頑張ります。

●2001年5月7日
4月11日に更新して以来また一ヶ月近く音沙汰なしなので「ははあ、ゴ本多の野郎、また拾い食いをしてビブリオ腸炎で苦しんでいるな?」と懸念を抱いた方もおいでだったかも知れませんが私は元気であります。でも思ったよりヒマにならないですね。

 さて、今回は"4 : Reading the Books and Articles"のページに「19)「 本物のゴロツキの集団」/ホットロッドの50年」というのを訳してみました。私はいちさんの率いる「コルベッ党」の党員として、コルベットという車がアメリカに誕生したのはアメリカ自動車史上の最も美しい奇跡のひとつであると信じて疑っておりませんが、それでもコルベットはある日突然ポンと現れたのではなく、キリストの誕生の前にはヨハネら多くの意義深い預言者たちがさきがけとして大いに活躍したがごとく、コルベットの誕生以前にも必ずや同様の現象があったに違いないと考え「コルベットの誕生」に対するアメリカ自動車史上の「さきがけの預言者」たちとは何だという事を探るために毎夜、寝っころがって昔のデイトナビーチの本やホットロッドの本やストックカーレースの本やSCCAの本などを読もうとしているのですがどうしても仕事で疲れてしまって毎晩10分も読んだら大抵寝てしまいます。でもせっかく少しヒマになったんだからこの2〜3ヶ月は気合いを入れて更新したいと思います(註:アッサリ撤回の可能性あり)。

尚、C3オーナーのGuさんの "Welcome Chronic Corvetteholic" のページへのリンクをリンクページに追加させていただきました。

●2001年4月11日
3月1日に更新して以来一ヶ月以上も経過しているので「ははあ、ゴ本多の野郎、エボラ・ウィルスを拾って生死の境をさまよっているな?」といよいよ危ぶんだ方もおいでかも知れませんが一応毎日健康に過ごしております。3月に入って仕事がヒマになったらコツコツ更新しようと考えていたのですが思ったよりヒマにならなかったのです。

さて、今回は「18)ビル・ミッチェルという生き方」の最終話を訳してみました。題して「ビル・ミッチェルはかく語りき その2」です。"4 : Reading the Books and Articles"『 18)ビル・ミッチェルという生き方』の「Part 3」になっています。

 ところでこの2月くらいから「ビル・ミッチェルという生き方」をまとめていて色々とわからない事が多かったのでついでにミッチェルの喋っている事に関連した他の本をあれこれ読んでみました。その結果、私なりに明らかになってきた事があります。それはビル・ミッチェルという人は輝かしいアメリカ自動車史において運命的な足跡を刻んだ人だったのだ、一種アメリカ自動車史上の奇跡とも称されるべき人だったのだという事です。薮から棒に一体何を言い出すのだ、と思われるかも知れませんがミッチェルの人生には摩訶不思議な運命の嵐が常に渦巻いていたように思われます。何しろ一介のレース狂いの広告代理店に勤めるイラストレーターに過ぎなかった若者が「お前、いい絵を書くじゃないか。気に入った、ウチに来い」という程度の理由でGMに迎えられ、ついにはGM車のデザインの長となりアメリカ車および世界中の自動車のデザインに影響を与えたのですからこれを奇跡と呼ばずして何と言ったら良いのでしょうか。

 今回あっちこっちの本をひっくり返して調べて思ったのですがいわゆる「アメ車」を作った張本人はハーリー・アールとビル・ミッチェル、この二人ですね。こう断言してしまうと語弊があり、異論も反論もあるでしょうが、馬車デザインから始めてY-Job、ルセイバー、コルベットまでたどりついたハーリー・アール。そして欧州車でのレースに狂った青年だったがその後GMにデザイナーとして招かれキャディラックに始まり全てのGM車のデザインを指揮し、C3コルベットにまでたどりついたビル・ミッチェル。この二人がいなかったらアメリカ車のデザインというものは今と相当に違ったものになっていたのではないでしょうか。このあたりの話ももっと調べていつか当HP上でまとめてみたいと思います。

●2001年3月1日
結局2月は忙しくて一度もアップデート出来ませんでした。前回のアップデートからもう一ヶ月以上経っているので「ははあ、ゴ本多の野郎、脳梅毒か何かで発狂して死んだな?」と危惧された方もおいでだったかも知れませんがまだ何とか大丈夫のようです。

さて、今回は以前から少しずつ訳していたビル・ミッチェルについての文章を何点かまとめてみました。"4 : Reading the Books and Articles"『 18)ビル・ミッチェルという生き方』を御覧下さい。ミッチェル自身の語るコルベットのインサイドストーリーは私にとってなかなかに興味深いものでした。

●2001年1月13日
あけましておめでとうございます。結局12月は忙しくて一度もアップデート出来ませんでした。前回のアップデートからもう一ヶ月以上経っているので「ああ、ゴ本多の野郎、食あたりか何かで死んだかな?」と危惧された方もおいでだったかも知れませんが風邪気味ながら何とか生きております。正月に三日間だけ休みが取れましたのでその時に「ダントフ・メモ」についてまとめてみました("4 : Reading the Books and Articles"のページの(17)です)。GMに入社早々のダントフがシボレーのモータースポーツに対する対応の鈍感さに焦燥感を覚えて上司に直訴したという例のメモです。これを上層部が真剣に受け止めてその後のシボレーの方針が変わった、みたいな話はあちこちで読みますがその割にこのメモの全文というのはなかなか目にする機会がないのが不思議です。現時点でわかる部分をまとめてみました。

→次回アップデート予告
前回堂々予告した「ブックレビュー」をアップする件はあえなく中止となりました。やる気はあったのですが「よしブックレビューを書こう」と思って元の本を読んでると面白くてついじーっと読んでしまってなかなかブックレビューまでたどりつけませんでした。そのうちアップしたいと一応は考えています。

●2000年11月23日
11月前半は忙しかったです。全くアップデート出来ませんでした。
このHPを立ち上げてからC3コルベット購入相談メールを時々いただくようになりました。お話を聞いているとやはりどなたにとっても「どの一台に決めるか」というのは切実な問題だなと感じました。そこで役に立つかどうか判りませんが最近入手した本で購入ガイダンスを2点ほど見つけましたので抄訳してみました。

→最近買った洋書で見つけたバイヤーズガイド情報その1

→最近買った洋書で見つけたバイヤーズガイド情報その2

元本は2册ともコルベットファンなら絶対持っていて損のない本です。あと、内容的にはコルベット購入に関する事ですので上の2点は "4. Reading the Books and Articles : Vette関連書籍を読む" の項目ではなく、 "1-4 : それでもC3/SHARKが欲しい!" のディレクトリに追加項目として入っています。

→次回アップデート予告
「8:ブックレビュー」のページを新設予定。先日、今まで買い集めたコルベット関連、シボレー関連の洋書を数えてみたら50册だか60册だかあったので「よっしゃコレをHPのネタにしてしまえ」と考えました。というのもこれから来年3月位までは忙しいのでちびちびとしかHPをいじれないからです。ブックレビューなら空き時間に少しずつチマチマ増やして行けます。12月中には何とか体裁を整えたいです。

●2000年10月27日
忙しくて全然アップデート出来ません。デフの修理の話も止まったままです。デフはいくつかの腕のいいショップから「直せるけどとても日本までよう送らんですわ」という返事が来てガックリきているところです。エックラーかミッドアメリカのリビルト品を買うしかないのでしょうかね?
ところで、過去メールを眺めていたら昔VetteNetに転送されていたジョークがポロリと出て来ましたのでそれを"Reading The VetteNet:21) おバカなメカニックのためのクイック・レファレンスに訳しました。広いアメリカには奇想天外、驚天動地な間の抜けたメカニックというものが実際いるようです。このジョークもそんなバックグラウンドがあることを念頭において読んで下さい。

●2000年10月12日
先日、 "COOL NET RANKING" というところからメールがあり、「あんさんのサイトをウチに登録しなはれ」という内容でしたので登録しました。何でもアクセスが増えるらしいです。そういえば前にもこういう感じのDMが来ていた事がありました。でも私のサイトは余り一般受けする内容ではないのでアクセスには余り関係ないんじゃないかと思います。前から「アクセスカウンターってのはどうやってつけるんだろう?」と思っていたのですがこれを機に今回、知人にやり方を教わって(ジェームズさん、おださん有難うございました)つけてみました。このカウンターが動いているのかどうかはよく判りませんが、数字の増え方が芳しくない時は多分カウンターが壊れているのだと考えようと思います。

●2000年10月9日
先日、我がゴージャスジョージ号のデフのサイドヨークに「ガタ」を発見しまして驚きました。今回はそれに伴って以下の通り3点アップデートしました。3点の内容は密接に関連しておりますので興味のある方は全部目を通していただければ幸いです。

・アップデートその1:修理とモディファイ:6) デフに障害発見。症状と考察そして今後の対策

・アップデートその2:"Reading The VetteNet:20) デフ・サイドヨークのガタについて

・アップデートその3:"Notes From Dave's Garage":デイブさんのガレージから

 「アップデートその3」では「デイブさんのガレージから」というコーナーを新設しました。カリフォルニアでコルベット専門の修理工場を営む David Herlinger さんのワンポイントアドバイス的な内容になってます。私がデフのガタについてあれこれ人に尋ねているうちにこの人に行き着きました。今回はまだ「その1」一編のみですがデイブさんがヒマな時に原稿書いてくれて、それをここで紹介出来たら面白いなと思っています。
 あと、左側フレームのメニューボタンが画面の小さいコンピューターで見たら巨大で不便だったのでひとまわり小さくしました。

●2000年9月18日
にわか仕込みで嬉々としてフレームを使用したリニューアルHPの動作を確認したところあちこちボロボロである事が判明、慌てて大直し。何とか普通に動く様になったと思います。表紙のレイアウトも小変更。ついでに"Chapter 4: Reading the Books and Articles"のページに「ゾラ・アーカス=ダントフ その2 "ゾラの功績"」という訳文を加えました。ゾラの生涯を短く一瞥するのにちょうど適当な長さの文章です。それにしてもゾラの事を調べている時に感じるアメリカ人コルベット・エンスージアストのゾラに対する敬慕/尊敬の念の大きさには驚かされます。最近あれこれゾラの面白い話が載っている新本を何冊か仕入れましてウハウハ言いながら読んでいる最中ですが私なりにゾラの人物像をある程度理解出来たように思いました。それらの本で知ったゾラの業績、苦闘、失意といった点についてもまたいつか御紹介したいと思います(来世紀か?)。

●2000年9月15日
新しいHTMLの本を買ったらフレームの使い方が書いてあったので適当にフレームで見かけをリニューアルしました。ナビゲートしやすくしたつもりですがどんなもんでしょうか。ところでフレーム構成にするにあたって各原稿をこちょこちょ直していましたが、余りに途中で投げ出した様なページが多くて冷汗が出ました。もっと真面目に原稿用意して「目次だけで実体なし」というページを減らさないといけません。
 そんな訳で目次だけで実体ゼロだった「時速200km/hへの道」はちょっと引っ込めました。今、時速200km/hで走れるC3の条件などについての原稿や写真類は少しずつ用意してますのでそのうち「Repair and Modify」のところで報告したいと思います。

●2000年9月9日
「Chapter 6 : 修理とモディファイ」のページに2項目追加しました。「4)VB&Pの『スプレダーバー』取付けました」「5)VB&Pの『コイル・スプリング・スペーサー』を取付けました」です。前者は「喜びの報告」で後者は「悲しみの報告」です。どうぞ御覧下さい。

●2000年8月31日
VetteNetの翻訳ページ"Chapter 3: Reading the VetteNet"のページに19)アメリカにおいてコルベットオーナーであるという事は…を追加しました。アメリカ人で時々見かける「コルベットに身も心も捧げてしまった人」の談話です。

●2000年8月28日
VetteNetで「C何々」(『C1』や『C3』など)という呼称がいつ頃一般的になったかという事について興味深いやり取りがありました。それについて「18)C1〜C5という呼称」にまとめておきました。「C何々」という呼称が突然出て来たなあと感じている方は多いと思いますがこういった事情だったのですね。

●2000年8月24日
"Chapter 4: Reading the Books and Articles"のページに「16)コルベットのVINその他のナンバー」という訳文を加えました。"The Corvette Black Book"からの抄訳です。内容はコルベットに関するVINを始めとする各種ナンバーの総論、という形になっています。この本は日本の新書判に近い大きさで持ち運びに不都合もなく、私は常時カバンの中に入れてます。コルベット購入時にその車のオリジナリティなどを調べたりするにも役立つと思います。Black Bookの他には"Corvette ID Numbers"や"Vette Vue Fact Book"などがこうした"Fact Book"のジャンルに入ると思います。こうした本において著者たちがエンスージアスティックに「◯◯年にはこの部分がこうなってああなって何たらかんたら・・何故このような変更が加えられたのかは理由不明である」などと熱心に事実究明を行っているのには感心しますが一方で「その『理由不明』の変更はただのGMの気紛れじゃないのか?」という様な疑問も湧いて参ります。

●2000年8月14日
先日のトルク換算表に続いて「摂氏〜華氏」の換算表と「スピード、水温、油温、油圧を読み替える」表を追加しました。特に「スピード、水温、油温、油圧」の表には「マイル→キロ」「psi→kg/m2」「°F→°C」という一番頻繁に使うと思われる3種の単位をA4サイズ1枚に収めてありますのでこれをプリントアウトしてドアポケットやグローブボックスに入れておかれると役に立つかも知れません。

●2000年8月10日
ふと思いついて昔作った締付けトルクの「ポンド〜キロ」換算表をリメイクしましてダウンロード出来るようにしました。アメリカ車の締付けトルクの指示はまず「ポンド表示」が標準と思いますが、手元にキロ表示のトルクレンチしかなくてエンジン組立てなどで電卓片手に悪戦苦闘しておられる方も多いのではないかと想像します。そんな時にこの換算表を使っていただければ大体0.1kg-m見当で数字が読み取れますので役に立つこともあるかと思います。PDFファイルになっていますのでダウンロードの上プリントアウトして使って下さい。ラミネート加工していただければ油っぽい手で触っても長持ちすると思います。このチャートに関しては温度編や圧力編もヒマな時に作ってみたいと思っています。

●2000年7月13日
VetteNetを読んでいたらアメリカで有名なオートパーツショップであるらしい「ペップボーイズ」に関しての苦情メールが何点かありました。なかなか笑えたのでその一部を「17) ペップボーイズの悲劇」に追加しました。私もオルタネーターやセルモーターでクズ同然のリビルト品を掴まされたことがありますがそれでも実際に当事者の体験談を読むと「アメリカのリビルト品の品質のヒドさは我々日本人の想像以上かも知れないな」と感じます。

●2000年7月10日
17インチホイールの装着をVetNet上で「ワシ、17インチホイールに替えました。グッドルッキングやで!ワシのHP見に来てちょ!」と自慢したところアメリカ人から「ナイスじゃのう。メーカーは?バックスペーシングは?」という問い合わせが殺到(と言っても5人くらいですが)。バックスペーシングなんて判らないので仕方なくホイールを外して計測、その結果を「3) 17インチ・ホイール取付けました」に追加しました。アメリカンレーシングのトルクスラストIIの17インチでC3にポン付け可能なヤツがあるというのを知らなかったのは私だけかと思っていたら、アメリカ人でも結構知らない人が多かった様でちょっと安心しました。「お前の買ったそのホイールはオレの住んでるニュージャージーでも売ってるかな?」というメールを送って来た人がいましたが、そりゃあ売ってない事はないでしょう。ジョークなのかな?

●2000年7月3日
かねてからの念願の17インチホイールをゴージャスジョージ号に装着いたしました。写真を撮りましたので能書きと一緒に「Chapter 6 : 修理とモディファイ」の「3) 17インチ・ホイール取付けました」にアップしましたので見てやって下さい。

●2000年6月17日
VetteNetを読んでいたらノルウェイの人でC3にラック&ピニオンのステアリングをつけたという人を発見。話を聞いて写真を見たら面白いので急にやる気が出て「Chapter 6 : 修理とモディファイ」というのをデッチ上げてそこで「2) C3にラック&ピニオンを取付けた人」として紹介しました。この人はサーブのパーツを使ってR&P化を果たしましたが、チクショー負けとれん!日本人としてはやはり世界に誇るトヨタのパーツを使ってオレもR&P化したい、と切に思ったのでありました。ついでに1)私のゴージャス号のエンジンというページも作りましたので見てやって下さい。

●2000年6月6日
"Reading Books and Articles"のページに「14)シボレーがもっとも終焉に近づいた日」および「15)評伝・シボレーの空冷エンジン」の二つの訳文を追加。二つとも初期のシボレーが内紛や技術的失敗でゴタゴタになってエラい目にあった話。このあたりの話は個人的には非常に面白く興味が尽きませんでした。次はシボレーV8の開発に関係する文章を抄訳してみたいと思っています。C3関連の記事にもなかなか興味深い話は多いのですがちょっと後回しにしてしばらくは古いシボレーの話を訳して行きたいと思っています。

●2000年5月20日頃
忘れていたリンクページを設ける。皆様に相互リンクをしていただき感謝感謝であります。

●2000年5月10日〜15日頃
アップしたものの何だかあちこちにリンクミスやボタン不表示などが多々あって何だか訳のわからないサイトになっていたので理由は良く判らないままめちゃくちゃいじっていたら段々直ってきた。正直HTMLの事はよく判ってないので自分でも何をやっているのか良く判りません。

●2000年5月10日頃
今年こそはHPを立ち上げようと考えつつも忙しかったりして作業全然進まず。このままでは一生HPが完成しないと思い、堂々未完成ボロボロのままウヤムヤのうちにNow On The Net!という事にしました。

●1999年夏頃
いちさんのHPに触発されて「よっしゃワシもコルベットのHPつくるべえ」と決意。色々とマンガを描いたり原稿を書いたりし始める。だが全然進まず気がついたら年を越してしまいました。

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