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"Corvette-A Piece of the Action" The Corvette Saga From the Inside |
| by the Editors of Automobile Quarterly with William L. Mitchell and Allan Girdler published by Princeton nPublishing Inc. | |
| この本は1978年に出版された"A Piece of the Action"にC3最後期の3年とC4の初期型の内容を加えて1984年頃に出された第二版です。全ページカラーのなかなか豪華な本で、70年代以前の写真はやや発色が鮮やかでないように感じるものの眺めるだけの写真集としてもコルベット好きには充分価値があると思います。私もまだ本文を全部読んだ訳ではありませんが、面白いと思うのは本文の流れそのものはおおむねコルベットの歴史をなぞりながらも各時代の執筆を担当したライターのひとりひとりがその時代時代で自分がコルベットに関わった個人的体験を書いているという点です。これは普通のコルベットの歴史書?には見られないアプローチです。執筆者のひとりひとりはカーデザイナーであったり、レーサーであったり、コルベットクラブのメンバーであったり、レースオフィシャルだったりするらしいのですが、それがかえって当事者しかわからない「その時代の空気」みたいなものを伝えているように感じました。この本は出版年度の古さ、内容からいって再版、あるいは増補改訂の可能性は極めて少ないと思われます。在庫があるうちの購入をお勧めします。興味を覚えた方はどうぞ原書をamazon.comなどでお求めになって是非続きをお読みください。 |
![]() | あなたは鮫とハタ科の魚との違いを御存知だろうか?そのどちらも海中で見る事が出来る。鮫は鋭敏で獰猛で、躍動的であり、貪欲だが、流麗な形をした生き物だ。一方、肥った大きなハタは満足してそこらにじっとしているだけだ。それはまるでジョン・バリーモア(John Barrymore:誰?)とチャーチルのシルエットを比べるようなものであり、あるいはグレイハウンドとブルドッグ、スポーツカーとセダンとを比べるようなものであるとも言える。 あなたは(デザイナーにとって)スポーツカーで最高に良いところが何かを御存知だろうか?それはスポーツカーをデザインしている時、我々はその車すべてを自分のコントロール下におくことができる、という事である。これはファミリーセダンでは出来ない事であり、これはなかなかに感動的な事だ。 私はあるいはデザイナーにならなかったかも知れなかった。私の父親はペンシルバニアの小さな町のビュイックのディーラーだった。父はスタッツ(Stutz)やマーサー(Mercer)を買ってはパワーアップしたりカスタマイズしたりしていたものだった。彼は永年に亘って4台もの違うベアキャット(訳者註:スタッツの車名)を持っていた。私は多分今頃、自分のではなく他人の車をパワーアップするようなビュイックのディーラーになっていた事だろう、もしコリエー兄弟に出会わなければ。 |
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| 上の写真はニューヨーク54番街にあった"Zumbach Motor Repair Company"の写真。左側はワークショップ内、右側はショップ外でのスナップ。ヒゲのおっさんが1904年頃アメリカに渡って来た腕っこきのスイス人メカニック、シャーリー(チャーリー)・ザムバッハ氏(Charlie Zumbach)。その左でハブを握っているカメラ目線のおっさんが「天才」と称えられたヴェルナー(ワーナー)・メーダー(Werner Maeder)。名前からしてドイツ系か。写真で見る限りではザムバッハおやじよりはひと回りくらい若そうに見える。とにかくイソッタフランスキーニだろうがメルセデスだろうがアルファロメオだろうがブガッティだろうが何でもかんでも神技的技巧でもって直し、かつ最適な状態にチューンしたという。アメリカの自動車レース草創期、後のARCAやSCCAにつながるメンバーたちが大変お世話になったという歴史的なメカニック。レース気狂いでARCAのメンバーでもあったミッチェルがGM入社後このザムバッハのガレージでヒマつぶしをしていたというのは面白くもあり、ある意味当然でもあると言える。若きミッチェルがここザムバッハでメーダーおじさんあたりを相手に「キャディラックのデザインなんかやらされちゃってホント、ウンザリしますよ」なんて怪気炎をあげていたんじゃないかと想像すると笑えます。 |
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| 上の写真は1938年、レイク・ムロック(ミュロック?マロック?)における元祖ドラッグレースの風景。ミッチェルが西海岸に行った1941年頃も大体こんな風景だったろうと思われます。ちなみにミッチェルの上司、ハリウッド出身の元祖GMチーフデザイナーのハーリー・アールはガキの頃からこれっぽい風景、空気を知っていたと思われます。車を走らせる喜び、車で競走する喜びを肌で理解していたハーリー・アールがデトロイトに行かなければ絶対にコルベットという車はこの世に生まれなかっただろうと思われます。 |
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| 1963年式ビュイック・リビエラ |
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