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CORVETTE RACERS |
| by Gregory Von Dare published by Motorbooks International | Rating: |
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世の中には「コルベットなんてスポーツカーじゃない」と真顔で言う人がいますがそう言う不勉強な人にはこの本を全部、とは言いません、最初の30ページだけでも読んでからそういうネゴトを言って欲しいものです。 本書は数ある「コルベット本」の中でも「コルベットとレース」に焦点を絞って時系列、及びジャンル別に著述した力作です。1956年にダントフ自身がデイトナに乗り込んでコルベットの名誉をかけてスピード記録に挑戦した話やジョン・フィッチらが1956年のセブリング12時間レースに出場して厳しく辛いレースをした話などはグイグイ引き込まれます。ブリッグス・カニンガム率いるル・マン出場の記録も興味深い。SR-2の話、コルベットSSの話、ミッチェル・スティングレイ・レーサーの話、非運に終ったコルベットGSの苦闘記、70年代に入ってからのグリーンウッドの活躍の話などレーシング・コルベットの主要な歴史が一冊の本にまとまっているところにこの本の意義があると思います。これだけの内容を拾おうと思ったら普通は何冊もコルベット本を読まなければならないでしょう。 コルベット愛好家ならこの本は持っていて絶対損はいたしません。むしろ全コルベット愛好家必携の書と言えましょう。唯一の難点を挙げるとすればカラーページが表紙だけという点くらいです。興味を覚えた方はどうぞ原書をamazon.comなどでお求めになって是非続きをお読みください。 ここのところ続いていたホットロッド系の話に関連した部分という事で今回は本書からボンネビルのコルベットの部分を訳してみました。 |
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| ↑これがラフキンの時速213マイル(約341km/h)を叩き出した62年式C1。「X号」と呼んでいたらしい(ボディ横にも『X』と描いてある)。何か間抜けな名前の様な気もするが、当時はちょうどアメリカ空軍の超音速ジェット実験機「X-15」がバンバン速度記録を塗り替えていた頃で、ラフキンは大真面目でこれにあやかったものと思われる。写真は本書より拝借。撮影は1968年頃。 |
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↑Ak Millerとはアク・ミラーと読むのかエイク・ミラーと読むのか判らないが、元々の名はアクトン・メーラー(Akton Moller/Mollerの"o"はウムラウト付き)と言って1920年・デンマークの生まれ。1920年代の初頭に家族の移住に伴ってアメリカのカリフォルニアにやって来てその後、一家は名前をアメリカ風に "Miller" と変えたのだと言う。1935年、15歳の時には既に兄貴のジークフリート(Siegfried/デンマーク生まれという割には皆ドイツ風の名前ですね)たちと一緒にミュロックなどのドライレイクで走っていたと言う根っからのホットロダー。 アク・ミラーは「カリフォルニアのホットロッド乗りのバカ共にもボンネビルを走らせてやって下さい」とソルトレイク・シティの広報部に嘆願運動をしていた頃のSCTA(Southern California Timing Association)のボード・メンバーでアレックス・ジィディアスやウォーリー・パークス、ボブ・ピーターセンらともマブダチだった。上の写真は1949年のもの。 アク・ミラーの面白いところはミュロックやボンネビルをブッ飛ばしていただけでなく、1953年〜1954年のカレラ・パンナメリカーナ(Carrera Panamericana)に出場して好成績を残したり、パイクスピーク・ヒルクライム(Pikes Peak Hill Climb)に1958年以来20年挑戦し続けて8回もクラス優勝するなど非常に守備範囲が広くて優秀なレーサー、チューナー、そしてカービルダーだったという点。 自分で「趣味の店」と呼んでいた彼のチューニング・ショップでは8人が働いていたが、アク・ミラー自身はモータースポーツだけやっていればそれで良くて、別にショップを大きくしたいとか商売をでっかくしたいと思ったりはしなかったそうである。ホットロッドに取憑かれた重病人のひとりと言える。その元で働いていた8人のうちの1人だったラフキンもまた重度のホットロッド病に取り憑かれたというのも「まーあり得る話だわな」と頷ける。 |
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| ↑左のジイさんがビル・スケース、右のオッサンがジャック・ラフキン。写真は本書より拝借。1968年のショットだという。これはビル・スケースがラフキンのストリームライナーを運転して見事200マイルクラブ入りした時の記念写真らしい。達成速度の平均時速221マイル(約354km/h)も凄いが、この時ビル・スケースじいさんが68歳!だったというのがもっと凄い。並のじいさんなら心臓マヒで死んでしまうのでは無いか。だがアメリカにはこうした「ボンネビルおやじ」や「ボンネビルじいさん」は少なくない。アク・ミラーも70歳でまだボンネビルを走っていたそうである。全く敬服せざるを得ない。私はここ日本で「ボンネビルじいさん」になるのは無理にしても、日本初?の「コルベットじいさん」にはなれるのではないかと思い、今から鋭意努力中です。 |
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↑これが本書に載っていた平均時速239マイル(383km/h)で走るキッセルの80年式コルベットだ! こういう一応普通の自動車みたいな格好をしている車としては明らかに速い部類に入る。 うおーっ、スゲー!と驚いていてはいけない。ボンネビルでは既に1930年代のアブ・ジェンキンスの時代から平均時速300マイル(480km/h)で走る車がいた(サー・マルコム・キャンベル)のだからその60年後にコルベットがたかだか平均時速239マイルくらいで走ったと言って騒いでいたんでは御先祖様に申し訳ないのです。ちなみにジェットカーなんかだと平均時速600マイル(962km/h)だとか出していて「それじゃあボンヤリしてたら音速じゃねーか!」と驚かざるを得ない。私は素直に「アメリカ人、気い狂ってるぜー!」と感じ入ったのだった。でもそういう車はたいてい翼を作り忘れた飛行機がいつまでも地上を滑走しているといった風情であんまり自動車っぽくない。 ちなみにこのコルベットのリア・アクスルはリジッドに変更されている。最高速度を狙う場合、IRS(リア独立懸架サス)は直進性の妨げとなるだけでなく、時には危険ですらあったらしい。 この直進安定性はリジッドの方がいい、という話は私は素直に納得いたします。というのも私は以前、知人の59年式C1を運転させてもらった時に自分の81年式C3よりC1の方が直進性がいい事に深刻なショックを受けた事があるからである。私のC3の直進性能が劣悪なのは決して私のC3のフレームが曲がっているからではなく、リジッド車相手では最初から分が悪いだけの話だったのだ。 |
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