
17) ダントフ・メモを読む
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"Chevrolet HIGH PERFORMANCE" |
| by Robert C. Ackerson published by Krause Publications, Inc. | |
| 写真が歪んでいるのは撮影が下手だからです。この本は分厚い割りにペーパーバックで腰がないのでうまく立たず、また表紙がすぐめくれ上がってしまうのでこのような写真になりました。 |
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若年層、ホットロダー、そしてシボレーに関する考察 ホットロッドのムーブメントに対する関心、パワーアップやスピードに直結するものごとに対する関心は今なお成長中である。その指標となるものにホットロッドやパワーアップについての出版物がある。半ダースかそこらあるこれらの本は非常に大きな発行部数を誇っており合衆国全土で売られているのだが、これらはほんの6年も前には存在すらしていなかったのである。 どの表紙を見てもそれらはフォードの記事でいっぱいである。これは驚くに当らない。なぜならばホットロダーの大部分はモディファイされたフォードとともに食べ、寝て、夢を見ているからである。彼らはフォードのパーツを隅から隅までそれこそフォードの人間よりも熟知している。 初めてホットロッドの雑誌を買った若者はただちにフォードに導かれることとなる。だからホットロダーやホットロッドの影響を受けた人々がトラックを買う時にフォードを買うだろうと考えるのは自然な事である。そして彼らはやがて年齢も収入も上がるにつれてポンコツ・フォードを卒業してセコンド・ハンドの中古フォードに、そして次には新車のフォードに移行する。 これらの若年層の人々をシボレー派に鞍替えさせる事が望ましいと我々は考えるべきではないか?今我々は好結果をもたらす企画を遂行すべきまさにその瞬間にいると私は考える。しかしながら、我々にとっては不利となる要因も多い。 1.フォードに対する忠誠心と経験 2.パワーアップ用品マーケットはフォード向けに造られている 3.数量の法則…現在行われている競技において何千人もの人々がフォードのために働いている。そして将来的にも働くだろう。 4.フォードのOHVのV8エンジンの出現。現時点で我々に1年先んじている 我々GMの「サペリアー・ライン」(訳注2)V8シリーズが出現した時、これらのエンジンを(ホットロッド向けに)開発する目立った試みはほとんどなかったためにそれらはフォードを撃ち破るには至らなかった。クライスラーにファイアーパワー(訳注3)の投入を決定させたのはアーダン-フォードの成功(訳注4)だったのに、それでもV8クライスラーのデビューは不本意なものに終った。 今年は孤軍奮闘のクライスラーの開発努力が成功を見た初めての年である。ボンネビルでの速度記録はアーダン-フォードとクライスラーの間で分かち合う事となった。 多くの人々同様、ホットロダーたちは目新しい物に惹かれている。しかしながら彼らがこれまで重ねて来た苦い経験から彼らは新開発の部品は高価な上に結果を出すのに時間がかかるものだという事も知っており、かくして彼らはまた極度に保守的でもあるのである。私の観察では先進的なホットロダーでさえ新開発の成功した部品にようやく手を出すのに三年かそこらはかかるようである。OHVのフォードも1956年から1957年にかけてこの例にならうだろう。 我々の新しいRPO(訳注5)のV8エンジンはこの「三年の法則」に対して大いなる可能性がある訳だがそれでも物事をなすがままに放置しておいたのでは我々はフォードに一年遅れたままだろう。そしてシボレーの開発に携わるのはそれ程多くない一握りのホットロッダーたちでしかないだろう。このハンディキャップをいちどきにひっくり返すのはそこでより高出力を得るためのレディ・メイドのパーツが入手可能かどうかという点ににかかってくる。 これは同時にカムシャフトやバルブやスプリングやマニフォールドやピストン、その他色々多様なスペシャルパーツを開発しなければならない事を意味する。それらは必ず一般に広く入手出来るものでなければならない。 もしシボレーのエンジンを使えば物事が簡単に運んで、初めてシボレーをいじった誰もが栄冠を手にすることが出来る、という事になったなら新しいシボレーのV8の名声はただちに確立するだろうしキャディラックやクライスラーの様な「バカ高い」というそしりを逃れることになる(訳注6)。そしてシボレーへの乗り換えも期待出来るかも知れない。 *これまでのシボレーのホットロッドやスピード、そういった類のものへの関与の仕方にはいささか承認しがたいものがある。だがコルベットの存在がそこに風穴をあけてくれるだろう。もしスペシャルパーツがRPOとしてコルベットに供給されたら間違いなくホットロダーたちは「これこそがシボレーをパワーアップするために探していたものだ」とそのパーツ類を認識するだろう。 *コルベットをスピード競技に関与させる事が必要とされているかどうかについては、私はそれを論ずる立場にない。しかし1954年にはスポーツカー・エンスージアストたちはコルベットを手に入れてそして我々が好むと好まざるに関わらず彼らはそのコルベットでレースをするだろう。 *我々のグループから発せられるもっとも多い声明は、「我々はキャディラックをスピード競技に投入する予定だ」、というものである。その計画は進みつつあるが私はこの計画はまるで良くないと考えている。多分遅かれ早かれ、殆どの場合はすぐにだろうが、キャディラックはアラド(Allard)が見舞われたのと同じトラブルに見舞われるだろう。それはすべてフライホイールとタイヤの間でおこるだろう(訳注7)。 *人々がコルベットでレースするのを阻止することなど我々には出来ないのだから、それなら人々がコルベットでいいレースをしてくれるように手伝う方がいいかも知れない。 この分野でうまく事を行うためには、RPOのパーツはエンジン関連だけではなくシャシー関連部品も同じように用意しなければならない。 *優秀な設計のこれらのRPO部品の開発はシャシーに関する限り我々のグループが計画しているもののいくつかと共にラインナップから落とされることはない。 実際のところ「コンポジットドラム」や「ディスクブレーキ」など、軽合金の使用、ブレーキ装置の開発は既に研究開発グループの予定にのぼっている。 以上の考察は充分やる価値のある計画についての提案であり、それに関してひとりの男の考えを述べたものである。 (署名)Z. Arkus-Duntov (日付)1953年12月16日 |
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(訳註2) どうもGMは当時、シボレーV8に先行して出たキャディラック、ビュイック、オールズモビルのV8エンジン軍団を総称してサペリアー・ライン(superior line)と呼んでいた様です。ちなみにシボレーのV8は1955年にデビューしました。ダントフはこの手紙を1953年末に書いているのでシボレーV8はちょうど開発の最終段階で量産化のメドが立っていたくらいのタイミングではなかったかと想像します。完成しつつあるシボレーV8の出来の良さに深い確信を持って『これならフォードに負けん!』と熱い思いでこの手紙をかいたのであろう事は想像に難くありません。左の写真はデビュー当時のコルベット用シボレーV8です。 *写真は世界最大にして世界最高の技術を持つ偉大なる自動車会社、GMの心の広い宣伝部が版権を所有する写真のコピーを勝手に使用。 本文へ |
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(訳註3) ファイアー・パワー(Firepower)とはクライスラーが1951年にデビューさせたV8シリーズにつけた呼称の事です。いわゆるヘミヘッドというやつです。1951年式デイトナ・ペースカー(クライスラー・ニューヨーカー)のボディに"FIREPOWER"と誇らしげに書いてあったり、当時のホットロッドの写真なんかを見るとバルブカバーに"FIREPOWER"と刻印してあったりします。 クライスラーがヘミ・ヘッドの開発に着手したのはひとつには訳注3のアーダン・ヘッドの成功に触発されたという事情があった様です。少なくともダントフ自身はそう考えていたことがこの文書から読み取れます。 *写真はどっかの本に載っていたクライスラー・ファイアー・パワーの部分拡大写真。バルブカバーを良く見ると"Chrysler Fire Power"って書いてあるのがわかると思います。 本文へ |
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左はそのアーダンヘッド・フォードの断面図です。でも、もともとサイドバルブの通っていたところにプッシュロッドを通してもともとのバルブ穴はアーダン・ヘッドで強引に塞いでインマニは二階建てみたいに上に積み上げる、という設計がなかなか豪快ですね。ある本によるとこのヘッドの製作に関してはフォード側から「ウチのフラットヘッドエンジンのパワーを上げたってちょ」という要請があって、ちゃんとした契約締結後に開発に着手した、とあります。ところが開発が終了した頃にはフォードにもリンカーンの新しいV8が出来ちゃってこのヘッドの先行きが不透明になった。「じゃあいいや、ホットロッドやってるバカどもにじゃんじゃん売っちまえ」という事でホットロッド市場に乗り出した、というのが事実に近いらしいです。このヘッドが世に出たのは1948年と言いますが実際にホットロダーたちに認められて活躍し出したのは50年代に入ってからのようです。このあたりもダントフが「ホットロダーが新しいパーツを使うのには三年かかる」と言う所以でしょう。 その後ダントフはアーダン・メカニカル・コーポレーションを人に売ってしまった様ですが(多分シリンダーヘッドを造って売る、という商売に興味を失ったと思われる)、こうしたホットロッドビジネスを通してアメリカ西海岸で起こっているムーブメントの潜在力を大いに認識した事と思われます。人々がいかにスピードやメカニズムを渇望しているかを肌で感じると共に、このビジネスチャンスを前にアメリカ東部のGMの連中がまるで眠れる森の巨象の様に鈍感で何もしていない事に対して大いなる焦燥感を抱いたであろうことは容易に想像できます。こうした焦燥感がこの「ダントフ・メモ」を書く動機になったと思います。 本文へ |
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