
5) コルベットの名前決定の由来
Corvette gets a Name!
以下の文章はGMが "Corvette"という名前を決めた由来についてです。出典は
"Corvette Racers"
by Gregory Von Dare
Motorbooks International
です。
興味を覚えた方はどうぞ原書をamazon.comなどでお求めになって是非続きをお読みください。
名前とロゴを手に入れたコルベット
この時点でGMはファイバーグラスで2座席のスポーツカーボディ、専用シャシー、直列6気筒エンジンを持っていたが、現在我々がコルベットという名前で知っているそのクルマはまだ「プロジェクト・オペル」と呼ばれていた。時間はそのクルマの公式デビューを前にして刻々と過ぎていき、そしてGMのおエライさんたちはまだ名前もロゴも決めていなかった。一晩明けたらもう決めないといけない、そんな感じだった。
ウェブスター完全版辞書によれば、「コルベット(Corvette)」という言葉はスペイン語で武装した貨物船を意味する "corbeta" に由来し、現在は「1000トン程度の小さな軍船で、対潜水艦戦闘、および護衛をその任務とする」とある。
第二次世界大戦において英国海軍および王立カナダ海軍によって使用されたコルベット船は、中大西洋における「潜水艦の道」を塞いだことによってその名声を勝ち得た。コルベット船たちはいくつかの作戦方面で、ドイツのUボートの船長たちが訓練していた精密な攻撃パターンを阻止したことによって合衆国がヨーロッパ戦線に無事参加するのに責任を果たした。
シボレーは近々登場予定のそのスポーツカーの名前を見つけようと呻吟した。シボレーだから"C" で始まる名前がいいとは思ったが、同時にクルマのイメージにフィットしつつ、and (it had to) satisfy a host of other corporate demands.(訳者註:一部わからん。誰か教えてください)。1500以上の名前が社内のエンジニア、マーケティング担当、デザインスタジオのみならず外部の広告代理店からも提案された。しかし、そのどれも受け入れられなかった。ニューヨークのアストリア(Waldorf Astoria)で行われる「January Motorama」(モトラマ・モーターショー)でのコルベット・デビューに先立つこと4ヶ月、まだ誰もエド・コールとハーリー・アールの喜ぶ名前を提示できないでいた。
事態を解決したのはマイロン・スコット(Myron Scott)である。スコットはその時点ではアシスタント広告マネージャーだった。彼は1977年にGM広報室のアシスタントディレクターの職を辞した。1952年、彼は「コルベット」という名前をエド・コールに提案した。エドは即座にその名に決定した。「コルベット」の定義は全ての赤い血を持ったアメリカ人にアピールすることは確実だった。伝説によればマイロン・スコットは響きが良くて許容できる意味を持った言葉に行き着くまで、辞書の「C」の言葉を頭から全てあたったという。
おまけにコルベットは固有のエンブレムを持つことになっていた。それは左にレースのためのチェッカード・フラッグ、右にその生まれた国を表すアメリカの国旗、合計2本のクロス・フラッグからなるものである。だがGMの法律に関するスタッフが商業上のロゴにスターズ・アンド・ストライプスを使うのに二の足を踏んだため、この案は見送られた。
ボブ・バーソロミュー(Bob Bartholomew)はその時シボレーのデザインスタジオで働くGMのデザイナーだった。かれはシボレーの乗用車のためにエンブレムをデザインした経験があり、モトラマ(モーターショーの名前)で発表するコルベットのために速やかに改訂版のエンブレムのデザインをする任務が与えられた。地元のプラスチック工場で時間に追われて仕事をした結果、バーソロミューは星条旗(Old Glory)に替わる紋章旗を創り出し、(そのデザインの)カスタムメイドの新しいエンブレムが工場で完成した。完成品は飛行機に乗せられ、ニューヨークに運ばれた。そしてそれはモトラマ(モーターショー)のドアが開くまさに直前にプロトタイプ・コルベットに取り付けられたのである。コルベットのデザインと開発にかかわる多くの局面がじっくり考えて行われた一方で、その車の名前とロゴは最後の土壇場で必要に迫られて決められた結果である。(後略)