2) エド・コール
Ed Cole



 以下の文章はエド・コールについて。いくつかの本を読んだところ、エド・コールとは大変優秀なエンジニアだったようです。特にキャディラックV8の設計、そしてシボレーV8の仕上げに関して果たした役割は大きなものの様です。この人が基本設計したV8エンジンが今現在も改良を受けながら使用され続けているという事実からもこの人の才能が非凡なものである事が判ります。出典は

from "Corvette Racers"
by Gregory Von Dare
Motorbooks International

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エド・コール
シボレーのチーフ・エンジニア


 コルベットがハーリー・アールひとりのひらめきによって育てられたという印象を与えるのは間違いであろう。勿論アールはその計画のキーマンで確かにオリジナルボディのスタイルの責任者であった。だがハーリー・アールがその車に息吹を吹き込んだ後、そのクルマを生産車として成り立たせる上においてはなさねばならない多くの事があった。何よりもまず最初に、アールは会社の中での同盟者が必要だった。サポートしてくれる人物として、アールはもうひとりのレーシング・ファン、GMの社内ではかなりの力を持つ男、シボレーのチーフエンジニアであるエド・コール(Edward N. Cole)のところに行った。

 コールはずっとキャディラックのエンジニアをしておりキャディラックの大地を轟かすOHVのV-8エンジンの製作と開発に没頭していた。このエンジンはGMのその後の全てのV-8のベースとなったものである。(訳者註:皆さん、この人が現在の我々もお世話になっているシェビーV8の中興の祖なのであります。敬礼)1952年の5月、コールはシボレーのチーフエンジニアに昇進した。少なくともGM車の低価格帯のクルマにもV-8テクノロジーを持ち込む目的があった。コールはブリッグス・カニンガム(Briggs Cunningham)のキャディラックによるレース活動を援助していたし、カリフォルニアのホットロッド界のパワー開発にもずっと手を貸し続けていた。またコールはシャシー設計の充実のためイギリス人エンジニア、モーリス・オーリー(Maurice Olley)をGMに連れてきた責任者でもある。オーリー自身はいくつかのコルベットの開発プロジェクトを監督した。

 コールはコルベットに相当の衝撃をもたらした。特に競技車両としてのコルベットの歴史に(多大な影響があった)。彼はコルベットがV8を非常に速く手に入れたことに関する責任者であったしあちこちに散らばったプライベート・レーサーが全米で(レースという)キャンペーンをする時にサポートしたり支援したりする責任者でもあった。
(後略)