
21) ホットロダーたちの青春 -年代別に-
前ページに引続き、元祖ホットロダーたちのおバカな話を訳してみました。
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The American Hot Rod |
| by Dean Batchelor published by MBI Publishing Company | Rating: |
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あんまり面白いのでまたまた前ページと同じ本からの和訳です。ここでは1930年代、1940年代、1950年代の代表的車バカのエピソードを各1話ずつ訳してみました。いかに年代が古くとも彼らの車に賭ける情熱は現在の車バカと何ら変わらないという事がわかっていただけると思います。 私はこの本を全てのアメ車好きの方々に強力に推薦いたします。ホットロッドに関する事実のみならず色々な文化的背景、例えば1950年代のドライブインの風景であるとか、ドライブインに集う若者たちの生態などについての情報も詰まっており、それはそれで誠に興味深いものです。但し、1960年代以降の話は皆無に近いのでそこのところだけはお間違いのないように御注意下さい。興味を覚えた方はどうぞ原書をamazon.comなどでお求めになって是非続きをお読みください。損はいたしません。 |
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| ↑このおっさんが "King of Hollywood" と称された当時のハリウッドいちの伊達男、クラーク・ゲーブル(1901-1960)である。「風とともに去りぬ」のバトラー役が一番有名か。ゲーブルはデューセンバーグが好きで良く乗り回していた、と何かの本で読んだ記憶があるが1933年時点ではパッカードに乗っていたらしい。ボブ・エステスのT型フォードに負けて頭に来てデューセンバーグに乗り換えたんじゃなかろうか。 |
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| ↑このねーちゃんが女優・キャロル・ロンバードだと言う。当時ゲーブルとの恋仲は有名だったらしい。ある資料には「二人のなれそめは1936年」と書いてあった。ところが今回訳した本書(The American Hot Rod)からは実は1933年には既に二人は恋仲だったという新事実が読み取れる。まあどっちだってええですわ。 |
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| ↑飛行帽にゴーグルの右側の青年が1930年代初頭のボブ・エステス。暴走族の開祖と言っていい。後ろはクラーク・ゲーブルのパッカードをブチ抜いたバリバリのチューンドT型フォード。今で言えばベンツの6リッターのロードスターをホンダ・シビックのタイプRがブチ抜いた、みたいな話でしょうか。ちなみに左で嬉しげに微笑むおっさんはボブの父ちゃん。親子そろってこういう事が好きだったのか。 |
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| ↑これは本書に載っていた写真でA型フォードの直列4気筒エンジンにライレーのOHVヘッドをつけてウィンフィールドのキャブをつけた別物エンジン。クロームパーツの使い方に後年のキラキラ・エンジン・ホットロッドにつながるトレンドの源流を発見する思いです。この頃のモディファイド・エンジンというのは通常の「改造」という概念に当てはまらないものが多く、T型フォードのエンジンでもクランクは替えて油圧潤滑にする、ヘッドも替えてOHVやDOHCにする、バルブは4バルブにする、シリンダーブロックを替えて吸排気の方向を反対側にする、など「オリジナルはクランクケースだけじゃねーか!こういうのは改造って言わないんだぞ!」と文句のひとつも言いたくなる様なメチャクチャなものが少なくありません。本編のレイ・シャルボノーのA型エンジンも恐らくこんな風にいじってあったのでしょう。 |
| (訳者余談) セコい、これは余りにもセコい方法です。日本でもその昔「陸サーファー」(おかさーふぁー)と言ってサーフィンなどやりもしないのにナンパの時に有利だというだけの理由でわざわざ車の屋根にサーフボードを載せてギャルを物色して都心部を流す男たちがいましたが(どうかするとサーフボードはボルトで止めてあったりしたらしい。これでは絶対サーフィンなど出来ません)、それに劣らずセコい手法と言えましょう。アメリカ人もやるもんです。 |
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| ↑エル・ミラージュでコントロールを失って湖面(地面)を転がって行くディーン・バチェラーと彼のストリーム・ライナー。この時点で既にディーンは頭を強打して気を失っていた。本編にもある通り事故そのものは全く記憶にないらしい。この写真も本書に載っているものです。 |
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| ↑左の車がエル・ミラージュから聖ベルナルディン病院までの57マイルを45分で走り切る鬼、ジャック・パーディの救急車。そんな救急車に乗せられたんでは治るケガも治らんくなるのではないか。ちなみに右のタワー状のものはSCTA所有のタイム計測塔でこの写真はちょうどオットー・クロッカーその人が計時しているところだという。このタワーはタイヤが2個ついたトレーラーフレームになっていてドライレイクからドライレイクへとイベントのあるごとにコロコロ引っ張って走ったんですと。年に一度は何とボンネビルまで1000キロ弱の道のりをコロコロ引っ張って行ったのだという。 |
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| ↑これは本編と全く関係ないが面白いので本書より借用しました。人間が運転席に後ろ向きに座っているように見えるが、実はこの車は後ろ向きに走るのだという。写真から判断するにどうも何らかの工夫でタイヤを逆回転させて反対向きに走るようにしたらしい。元々の前輪が後輪となってステアリングしている模様。何でそんな事をしたかと言うと「ファイアーウォールから後ろはボディ形状をいじってはいけない」というレギュレーションの間隙をついた策だったそうで、ディーン・バチェラーがマヌエルという友人に「T型ロードスターのリアはスムーズな形なので後ろ向きに走った方が空気抵抗が少なくてスピードが出るに違いない。ファイアーウォールから後ろをいじる訳じゃないからレギュレーション違反じゃない、ただ後ろ向きに走るというだけだ」とそそのかして作らせたとのことです。それでも時速148マイル(237キロ)出したと言う。こうした試みを「独創的」と呼ぶか「おめでたい」と呼ぶかは判断に迷うところ。ディーンいわく「この車が後ろ向きにタイム計測区間を走り抜ける間、計測員たちは何だか心地悪そうにしていた」とのこと。そりゃそうだろう。 |
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